Hiraku’s diary

特にコンセプトはございません。ご笑覧ください。

メルちゃん

僕には1人の妹がいる。自分を反面教師として勉学に勤しんできた妹であり、かつては犬猿の仲だった。そんな妹といつしか和解し、今では毎年誕生日にプレゼントをしあう関係である。そんな可愛い妹に、一つ懺悔せねばならぬことがある。

それは僕が小学生の頃だったと思う。妹がおままごとに没頭した。親が買い与えたメルちゃんという名前の人形を溺愛していた。

メルちゃんは暗めの色のさらさらとしたショートヘアを頭に纏い、手足はぎこちなく動く可愛らしい人形だった。

そんなメルちゃんには一つ、面白いからくりがあった。それは、風呂に入れると髪の毛の色が明るいピンクへと変わることである。

妹は毎回メルちゃんを携えて風呂に入った。きっと風呂ではメルちゃんの髪の毛を洗い、体も洗ってあげていたことだろう。

僕はメルちゃんの髪の色が変わるメカニズムに非常に興味を持った。メルちゃん自体には全く興味はなかったが、自分の髪の毛の色も風呂に入ると変わるようになれるのではないかと本気で思っていたのだ。

その日からメルちゃんの観察が始まった。メルちゃんは言葉を持たぬ木偶の坊だ。なぜ髪の毛の色が変わるかを教えてくれるはずもなかった。そこで僕は風呂に入るときにこっそりメルちゃんを持って行き、風呂につけた。すると、みるみる変色した。そこで、冷たい水ならどうだろうかと思い、蛇口から出る冷たい水につけた。メルちゃんは少し驚いた表情をしたように見えたが、構わず続けると、なんと、元の髪の色に戻ったのだ。

そのとき僕は、この髪の毛は温度によって変化する素材でできているのではないか、と仮説を立てた。これが悪夢を引き起こすきっかけになるとはその時、知る由もなかった。

妹が寝たあと、こっそりとメルちゃんを誘拐した。そしてメルちゃんの髪の毛が暗い色であることを確認し、石油ストーブへと近づいた。もし、温度で髪色が変わるなら、石油ストーブに近づければピンクへと変化するに違いない。この期待だけを抱いて、そっとメルちゃんの頭を石油ストーブにあてがった。

その瞬間、メルちゃんが悲鳴を上げたように見えた。なんと、髪色が瞬く間にピンクに変わると同時に、髪の毛が凄まじい勢いでくるくると渦巻いたのだ。僕はすぐにメルちゃんを抱きかかえた。手遅れだった。メルちゃんは、ピンクのパーマのヤンキーと化し、髪の毛はかため、と書いてある歯ブラシの毛のようにガチガチに固まっていた。

僕は、急いで冷たい水をバケツに張り、メルちゃんを頭から突っ込んだ。戻れ、髪の毛よ、もとに戻れ。メルちゃんは世紀末を見つめる目をしているように見えた。髪の毛は、色もパーマも髪質も完全に息絶えてしまい、元に戻ることはなかった。

次の日、妹が泣きじゃくっていた。メルちゃんの髪の毛がぶっ壊れた、という旨の話をしていた。真っ先に僕が疑われ、さすがに僕が悪いとしか思えなかったのでひたすらに謝った。メルちゃんはもはや、(髪の毛が)燃えるちゃん、なんていう冗談をいう余裕も、その時の僕にはなかった。