Hiraku’s diary

特にコンセプトはございません。ご笑覧ください。

死んだカナブン

僕は大学に様々な通学手段で通った。車、バス、原付を貸してもらったこともある。一番最初は自転車に乗っていた。

僕は高校3年生の春休みに、カバンの製造のアルバイトをした。カバンに厚めの板を押し込んで、底を形作る過程を任された。親指で押し込むわけだが、なかなかうまくいかない。力任せにやると親指が荒川静香イナバウアーのようになる。もちろん、激痛を伴う。

そんなこんなで僕は、親指の感覚と引き換えにそこそこのアルバイト代をいただいた。計算すると、ギリギリ熊本県最低賃金だった。だから僕はいつも店でカバンを見る時、底をみる。しっかり押し込まれていたら、誰かの親指が安い給料と引き換えに失われたんだなあ、と知らぬ誰かの親指に思いを馳せ、涙をこぼす。

そして僕はそのアルバイト代で自転車を買った。言うなれば、親指と引き換えに手に入れた自転車だ。大切にしないわけがない。それに乗って大学へ行ったある日のことだ。僕はいつも通り自転車を裏門の近くの駐輪場に停めた。そして仲間と合流し講義へと向かう。シェイクスピアの話しかしない教授や、音声学を滑舌悪く語る教授、言語を研究しすぎるあまり言葉を失ってしまった教授など、色彩豊かな大学の講義が、僕は好きだった。

そして講義が終わると急いでアルバイトへと向かう。遅れたら嘘をつけないタイムカードによってバイト代が減らされてしまう。僕は急いで駐輪場へ向かい、自転車にまたがった。

そこでひとつのことに気がついた。駐輪場の自転車がやたらと多い。

僕の大学には非常識な輩が多かった。ノラネコに平気で餌をやったり、部室に勝手にドラムや使わない洗濯機を持ち込んだり。その中でも最も迷惑だったのは、自転車のマナーが悪いことだ。駐輪場をはみ出して通路まで停めている奴らが多い。僕は急いでいたので、植え込みとその違法駐輪自転車の列の間を走り抜けることにした。そしてペダルに足をかけた瞬間、虫が目に入ってきた。大きめの虫だ。無視できるわけがない。咄嗟に右手で払ったところ、その違法チャリの列に突っ込んでしまった。そして僕はバランスを崩し、隣の1メートルくらいある植え込みに体を埋め込んでしまったのである。

 

仰向けで手足を伸ばし痛さで動かないその様は、まるで死んだカナブンのようだった。

 

僕はやっとの思いでその植え込みから体を抜き出した。そして通路に立った時、僕の頭の中からアルバイトという存在は消え去っていた。代わりに、この違法チャリどもを許さないという強い気持ちへと変わっていた。

 

そして片っ端からその違法チャリたちを蹴り倒し、全て倒れたのを見届けて、悠々とチャリに乗り、アルバイトに10分遅刻で到着した。

僕がしたことは全く悪くないと思っている。