Hiraku’s diary

特にコンセプトはございません。ご笑覧ください。

うつ病ダンサー

東京でベンチャー企業に就職したい。

彼の目は真っ直ぐと、僕の体を貫いた。その想いの強さに圧倒され、僕は返す言葉が見つからなかった。九州でいいじゃないか、逃げ場のない東京にわざわざ行かなくてもーーーこの言葉を奥歯で噛み締めた。2019年3月、彼は飛行機に乗り東京へと向かった。彼と四年間大学で共に過ごした僕にとって、彼のいない熊本は退屈なものになるのだろうとぼんやり思った。

8月。お盆が訪れた。彼は有り金を使いきり帰ってきてくれた。僕は急いで会いに行き、愕然とした。彼の目が、濁っている。かつて彼が持っていた希望に満ち溢れたオーラは、確実に彼の体から抜け落ちているように感じた。僕は彼にこう尋ねた。仕事は楽しいかーー彼は、まだまだ慣れていない。これから頑張る。そう答えた。もう十分頑張っているではないか。無理だけはしないでくれ、そう伝えたものの、彼は東京の方向を向いて、僕のことは眼中にない様子だった。

10月頃からだろうか。彼は睡眠時間が少ないという問題を抱え始めた。仕事をするために生きている、そのような錯覚に陥っているのではないかと疑うほどの疲れを口にするようになっていた。僕は、頑張れという言葉をかけることはもはややめて、生きてくれ、という言葉を選ぶようになった。

彼は大学生の時ダンスサークルに入っていた。大学から離れた場所に住んでいた彼だったが、深夜の練習や飲み会にもよく顔を出し、度々快活を送っていた。殺風景な大学で華やかな衣装を纏い踊る彼はまるで、砂漠に咲くバラのような存在だったと記憶している。

そんな彼が今や、抜け殻のように東京の賑やかな夜を一人寂しく彷徨っているのではないかと心配になる。今彼は、踊っているのではなく見えない糸に引かれて踊らされているのではないだろうかーーー僕にできることはただ1つ。彼に生きて欲しいと伝えることだけである。遠い空から見守ることだけである。また会おう。その言葉が現実となるよう祈るばかりである。